高森顕徹先生と親鸞会の50年

親鸞会結成以前(滋賀県 その7)

Sさん(滋賀)

参詣者であふれた寺(昭和26年)

私が初めて、高森顕徹先生にお会いしたのは、米原町(現・米原市)梅ケ原の寺でした。敗戦後の昭和26年でした。

友達のお母さんが、
「高森先生というお方がおいでになるで、あんたも一度お参りせんか」
と教えてくれたのでした。
その時、高森先生は、「因果の道理」を説法なさいました。今も忘れません。午後のご説法で、心と口と身の三つで毎日造っている罪悪を詳しく話されました。

「凡夫」というは無明・煩悩われらが身にみちみちて、欲もおおく、瞋り腹だち、そねみねたむ心多く間なくして、臨終の一念に至るまで止まらず消えず絶えず。 (一念多念証文)

親鸞聖人のお言葉を出されて、欲やら怒りやら、ネタミソネミの愚痴やら、煩悩しかない人間の本当の姿を教えていただきました。「この先生、お若いのに、私の今思っていることを全部ご存じでおいでや。どんなお方やろ……」
と恐ろしくなり、ぶるぶる震えながら聞いていたのです。

しかし、それからも続けて聞かずにおれず、高森先生のおいでになる所は、寺も在家も欠かさず、自転車に乗って参詣しました。
また、在所(長浜市千草町)で仏法を伝えずにおれなくなり、たくさんの法友に恵まれました。私は、友人と3人で、千草の慶雲寺という寺を借りて、高森顕徹先生に来ていただきました。

当日、本堂はいっぱいで履物を脱ぐ場所もなく、外まで人があふれていました。先生は、割れんばかりの大声で説法され、皆、真剣に聞き入っていました。

座る場所がなく、やむなく私らも立っていましたら、参詣者が庫裏(寺の家族の住居)から廊下を伝って、本堂へ入ってきたのです。あのような光景は、見たことありません。本堂後方は、とても入る余地がなかったからでしょう。

箕浦の大雪

近江町(現・米原市)の箕浦という所で、高森顕徹先生のご法座が予定されている日に、大雪が降って、一面真っ白になったことがあります。電信柱があるから、道と田んぼの境が何とか分かるような状態で、

「今日はとても、先生は来られんだろう」
と皆思っていましたところ、先生は来てくださったのです。施主の方が、
「今日はいらっしゃらないと思っておりました」
と申し上げると、
「無常だからなあ、みんなの後生を思ったら、じっとしとれん。うちにはおれぬ」
とおっしゃったと、お聞きしました。

その日も私は、自転車で参詣しましたが、帰り道、チェーンに雪が絡みついて、どうにも動きませんでした。当時は、越前刃物の行商をしていましたので、商売にも使う自転車を、雪の中にほうっておくわけにいきません。結局、自転車を担いで帰ってきました。ご法話が終わったのが夕方4時。普通なら、5時には家に着くところ、夜9時にようやく、帰宅しました。 ほかにも、大雪のことはたびたびありましたが、雪の中を先生は、長靴を履かれて、在家や寺へご説法に回られ、難儀されたことと思います。

おかげで、阿弥陀さまのご恩を知らされました。
親鸞さまのご恩を知らされました。

親鸞聖人のみ教えに巡り遇えた、高森先生にお会いできた人生、最高の喜びです。

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