高森顕徹先生と親鸞会の50年
岐阜県編(昭和38年~53年)6
講師学院の設立
Hさん
昭和58年に、親鸞会25周年の記念事業として、講師学院が設立されました。その校舎になったのが、岐阜会館でした。
それまで、講師となって布教戦線に立つには、3カ月間、高森顕徹先生に随行しなければなりませんでした。しかし、随行は2人ずつですので、限られた人数しか、講師になれません。
短期間により多くの講師を養成し、本当の親鸞聖人の教えを速やかに全国各地、世界へ広めるための事業だと、お聞きしました。
会館の改築工事はT建設の担当と決まり、会社側の代表として、打ち合わせから携わりました。会館の1階はほとんどピロティ(駐車スペース)でした。そこを、講義室や食堂、浴室などに造り替えたのです。
第1期生から10期生、平成2年に福井研修センター(顕真学院の前身)へ、その役目を託するまで、多くの青年親鸞学徒が学び、布教へ飛び立っていきました。その一端なりとお役に立てたことを、うれしく思っております。
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岐阜会館は平成20年で、建立30周年を迎えました。
その間、高森顕徹先生は常に、黒板に縦の線と横の線をかかれ、真仮の水際を明らかにしてくださいました。少しも変わらず、弥陀の救いを説き切られる善知識にお会いできた喜びは、計り知れません。
また、浄土真宗の家に生まれながら、仏とも法とも知らなかった私が、こうして聞法するようになったのは、T夫妻のおかげと深く感謝しております。
最新設備で華々しく落成した岐阜会館が、今では親鸞会で歴史ある会館になりました。今も岐阜親鸞会会員の心のよりどころであり、多くの人々に弥陀の本願をお伝えする役割は変わっていません。頻繁に、ビデオご法話や会合が行われています。
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