私と50周年 4

■ 浄土真宗親鸞会結成50周年

団塊の世代・変革の夢覚めて

富山県 Mさん

 いのちなき 砂のかなしさよ……握れば 指のあひだより 落つ

敗戦後、自由となった世の中に、空前のベビーブーム(昭和22年~24年)が訪れた。この時生まれたいわゆる団塊の世代は、戦後民主主義の価値観で育ち、後に大学紛争、社会運動など、旧体制を揺るがす主役となっていく。
団塊世代の青年期、昭和40年代は、各地でデモや集会が開かれ、社会に物申す熱い空気が満ちていた。Mさんの青春時代も、まさにそのまっただ中だった。

「じっとしていられない。だれもがそんな感じでした。その情熱が、よりよい社会の実現、という方向に一斉に向かった時代でもあったのです」

 病院の看護師で、フロアマネジャーの責任者を務めるMさんは、当時を振り返る。「あんなに盛り上がった社会運動が、潮が引くように消えたのも、結局、心の問題であったことを、仏法と出あって知らされました」

 原子力空母エンタープライズの佐世保寄港阻止闘争で幕開けた昭和43年、看護学生だったMさんは、その反戦デモに宮崎から駆けつけた。港には数万人が集結し、機動隊とも衝突。小雨の降る中傘もささず、海に向かってシュプレヒコールを繰り返した。

 宮崎県の病院で勤務していたその年は、2・8(ニッパチ)闘争と呼ばれる、看護師の夜勤改善を求める全国的な闘争の真っ最中だった。当時は日勤のほか、準夜勤(夕方4時半~夜1時)、深夜勤(夜0時30分~朝9時)が月15回を超え、看護師はどこも深刻な人手不足だった。学校で習う理想の看護と現実はあまりにも懸け離れ、病院をよくしたい一心で、組合を先導していた共産党にも加入。

「看護師増員を求め、夜勤明けのそのまま、大勢で県庁に座り込んだり、ビラ配りやポスター張りと駆け回っていました。2、3時間しか寝ていないこともざらでしたね」

 粘り強い闘争の末、昭和44年6月、県が270名の増員を約束。病院の集会室に集まった全職員は、その報告にわき返った。

「大勝利だ。すごいね!」
「頑張ったね」。感極まって抱き合う友たちの輪の外で、なぜかその空気に溶け込めない自分がいた。「あれ?って思ったんです。あんなに頑張ってきたのに、いざ達成するとその興奮が冷め、心にポッカリ風穴が開いた感じがしたのです」

 このまま組合活動を続けても、心から満足できないのでは? そんな思いが次第につのり、29歳の時、党をやめた。
 東大紛争、ベトナム反戦運動はじめ、連日、ニュースをにぎわせた各地の反乱も、連合赤軍の浅間山荘事件を境に一気に沈静化。熱に浮かされた時代は終わりを告げた。

 体制の変革──。それは正義感に訴え魅力的だが、何かが欠けていると感じた。その欠けたものを埋め合わせようと、自己啓発の研修をはしごし、エジプト、ローマへ旅をし、ヨガやジャズダンス、日舞など趣味にも打ち込んだ。

 入院したタイの大学生と仲良くなり、その縁で多くの留学生と知り合った。マンションで、数カ国の学生とパーティーを開くなど、Mさんの周りはいつもにぎやかだった。

「でも、明るくもてなしながら心は空っぽで、友達に与えられるものがない。このむなしい心をどうしたらいいかと、途方に暮れていたのです」

 40代、人生の折返地点に来ると、「知力・体力とも下り坂です。その峠から見下ろす直線上に“墓場”が見え、ますます、どうしていいか分からなくなったのです」。
 ずっと一生懸命生きてきた。でもそれで得たものは何か? 分からなかった。

「いのちなき砂のかなしさよ さらさらと 
  握れば指のあひだより落つ」

 学生時代好きだった石川啄木の歌が、実感をもって心にしみた。骨董品を買いに町へ出た平成元年の暑い夏、その日なぜか店は閉まっていた。帰り道、たまたま遠回りした街角で、チラシを配る青年と出会う。親鸞会講師だった。手にしたチラシには、人生の目的がハッキリ知らされます、と書かれてあった。

 近くの喫茶店で、「幸福って何だと思いますか?」と聞かれた。答えに困ると、「ではどんな心になりたいですか?」「安心した心になりたいです」「それが幸福です」。それから5時間、立て続けに親鸞聖人のみ教えが語られた。その後親鸞会主催の地元でのご法話に参詣するようになり、親鸞会館のご法話にも参詣した。現在は、親鸞会の会員となり、光に向かって聞法をしている。

「自分の半生を振り返っても、周囲を見ても、皆、暗い心に明かりをつけようとしている。その灯が消えてしまわぬよう、継ぎ足し、継ぎ足し一生懸命なのだと、仏教を聞いてハッキリしました。だから看護を通して、弥陀の本願という本当の心の明かりを伝えていきたいのです」

すし詰めでも熱心な聞法

 

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