私と50周年12

■ 浄土真宗親鸞会結成50周年

罪障功徳の体となる
仏智不思議を感佩

滋賀県 Tさん(80)

恋う人は弥陀と善知識
無尽の幸福 座りしままに

 琵琶湖の東、三重県との境に近い小さな集落に、一輪の“蓮の花”が咲いている。
 Tさん。生来、関節の病で自由に歩けず、背丈も幼少のころのままである。だが、南無阿弥陀仏の妙用か、一見不幸な境遇が、「人の言う不幸は我の幸福と 言えどうなずく人なかりけり」。煩悩のままが信心歓喜、業苦いっぱいが幸福いっぱい。仏智の不思議を、高森先生に会えた喜びを、多くの手紙や短歌に託し、凛として法の薫りを放ち続ける。

 小学校3年のころより、普通ではない自分の体を自覚する。将来に希望をなくし、勉強も興味を持てなくなった。
 ある日、学校を抜け出し、家に帰って布団に潜り込んだ。「学校で何かあったのか?」心配した父が尋ねた。「おまえの体はかわいそうだが、父さんや母さんにはどうしてやることもできない。だから少しでも勉強を頑張るのだよ」
 その時、「父さんが今ここで片手片足切断してくれても、私の気持ちなど分かりはしない!」と叫ぶと、堰を切ったように泣き続けた。

「阿闍世太子(※)の姿そのままでした。親への反逆が自己嫌悪になって跳ね返り、一層の惨めさに泣いていたのです」

 そんな父が、戦後間もなく、心臓の病で床に就く。
「おまえを置いてはどこへも行けぬ」。娘の行く末を案ずる父を、付ききりで看護した。夜更けの山里の静寂は、寂しさを一層つのらせる。
「父さん」。目を開けた父に、「しんどいか?」と尋ねると、静かに首を横に振った。それが最後の会話となった。

 最愛の父の死。恥も外聞もなく号泣した。なぜウソを言った。おまえを置いてどこへも行かないと言ってくれたでないか──。生木を引き裂く今生の別れであった。

 その翌年、昭和25年6月、近所の寺に高森先生が訪れられた。何の期待も望みもなく、ただ20代の先生というもの珍しさから参詣したが、全身火の玉の説法に圧倒された。
「厳粛な三世因果のお話で、過去も未来も現在の己の上にかかっている。4人姉妹の自分だけ障害を持って生まれたのは、何人も無関係。すべては過去なした罪業の生み出した結果、と知らされた苦悩は、筆舌に尽くせません」

 その夜、座談会で質問した。「先生、この私でも信心決定できますか?」
 すると「10は3で割り切れますか?」と返された。
「割り切れません」
「そう。10を3では割り切れない。でも1メートルは3尺3寸と割り切れるでしょう。今のあなたの心の中も、必ず割り切れる時が来ます。しっかり聴聞してください」
 自信に満ちた笑顔に、この方こそ私の先生と確信した。

業海深きがゆえに願海深し。

 やがて光明摂取の網の中、Tさんは弥陀の一人子と喜ぶ身となった。

「機を照らす 法に生かさるよろこびを 弥陀とわたしで分かち合いたり」

 10年前、長姉から手紙が届く。清沢満之(東本願寺の学者)を崇敬する姉とは、それまで事あるごとに衝突してきた。だが手紙には姉の字で、「今晩死んでいくと思うと不安で眠れない。どうか来てほしい」とある。姉はガンに冒されていた。

 翌日病院へ行き、後生の一大事とは何か、解決とはどうなったことかを懇々と話した。「お姉ちゃんのような、お寺参りの常連や、住職にかわいがられて有頂天になっている人、清沢満之の書いたような、仏法と縁もゆかりもない本を喜んでいる者に、阿弥陀さまはずーっと血の涙を流しておられるのよ」。心を鬼にして言い切ると、姉の顔はこわばっていた。

 その後も手紙をやり取りし、念じ続けて半年が過ぎた。姉からの連絡で会いに行くと、「まあちゃん。阿弥陀さまにあえたて。ありがとうな。阿弥陀さまにもあなたにも、申し訳ないことばかりやった」と、病床で合掌した。「本当に大丈夫か。極楽一定か?」と尋ねるTさんに、にっこり「お浄土で待っている」。「うわぁ~よかったあ」。姉妹で手を取り合って泣いた。その夜が姉の最後となった。

 後で姉の家族から、「あんなもの(清沢満之)読むもんやない。蓮如さまの『御文章』を読ませていただくのだ。今、本当の仏法を聞かせてくださるのは高森先生だけや」と言っていたと聞かされた。

「恋う人は 弥陀と善知識に 定まれば 法鏡に向う 恋慕はずかし」

 体が動かず、机に向かったままの日々を、「退屈しないか?」と知人に聞かれ、一瞬とまどった。退屈って何? 退屈の意味を忘れていたのに気がついた。

「ボンヤリ戸外に目を向けていても、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と、おなかの中から声となり、阿弥陀さまが私に呼びかけていてくださる。おかげさまで寂しいとか、怖いとか、退屈も忘れているのね」。そう言うと小さく微笑んだ。

※阿闍世太子……釈尊在世中に起きた王舎城の悲劇に登場する王子。気性が荒く、父母を投獄し殺害を企てるが、獄中で母イダイケが弥陀に救われるのを見て、釈尊に帰依するようになる。

 

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