私と50周年 14

■ 浄土真宗親鸞会結成50周年

学生として母として 道を開いた33年

大阪府 Yさん

「前例もなく、前へ行くにも道がない。
  だから自分たちで道をつけて歩いてきた。
   そんな感じでした」

 Yさんは、仏法に出遇ってからの33年を振り返る。

 昭和50年、大学で仏縁を結ぶ。卒業後は主婦として、子供を抱えての聞法求道の先頭を走った。
「聞けないのを環境のせいにしない。本当に聞きたいなら、聞ける環境を自分で何とかしなければなりません」
 穏やかな口調の底に、一途な聞法心があふれている。

 和歌山県高野山のふもと、土葬の風習が残る真言宗の田舎町に生まれた。幼稚園のころ、冷たくなった祖父が、柩に入れられたまま土に埋められるのを見て恐怖を感じた。初めて目にする「人の死」だった。

 その後も死者が地中へ葬られるたび疑問がわいた。「人は死んでどこへいくのか?」
 墓の下? 位牌? 極楽からお盆の時だけ帰ってくる? 安らかに眠っているだの、いつも見守っているだの、同じ人が違ったことを平気で言うのに困惑した。
「結局、どれが本当なのだろう?」
 愛読した世界文学全集にも“素朴な疑問”の答えはなかった。

 だが大学に入学した年、ある先輩から教えられる。

「この廻、疑網に覆蔽せられなば、更りてまた曠劫を逕歴せん」
              (教行信証総序)

(今生も、無明の闇の晴れぬままで終わっていたら、未来永劫、苦しみつづけていたにちがいない。)

 後生は一大事である。人生を変える親鸞聖人の断言だった。

 当時大学内は、学生運動が盛んで、乱立した思想・宗教サークルが活発に人生論を戦わせていた。親鸞学徒はYさんを含めわずか数名。部室も何もなかったが、意気込みだけは抜きんでていた。通用門前の、いちばん目立つ所にベニヤ4枚の特大の立て看板を作り、キャンパスで真の人生の目的を叫ぶ。

 当時大学内で、お釈迦様の出世本懐経(この世に生まれ出られた目的を説かれた経典)は『法華経』か『大無量寿経』かという議論があった。

親鸞聖人は、

「それ真実の教を顕さば、すなわち『大無量寿経』これなり。」(教行信証)

と教えられ、

大無量寿経に、お釈迦さまは

如来、世に出興する所以は道教を光闡し、群萌を拯い恵むに真実の利を以てせんと欲してなり。(上巻)
  当来の世に経道滅尽せんに、我慈悲を以て哀愍し、特にこの経を留めて止住すること百歳せん。(下巻)

と教えられている。

 親鸞聖人の教えられたとおり、その根拠を出すと、誰も法華経が真実とはいえなくなる。未来、すべての経典が滅んでなくなっても、「この『大無量寿経』だけが永遠に残るのだ」と、お釈迦さま自身が明言されているからだ。どんな人も救われる弥陀の本願の説かれた『大無量寿経』こそ真実と知らされ、深く感動したという。

 翌53年には浄土真宗親鸞会結成20周年大会が開催。親鸞聖人のみ教え1つに命を懸けられる高森先生の信念に打たれ、親鸞学徒として生涯を貫こうと心が定まった。
 卒業後は、市役所に就職。27歳で結婚し、翌年長女が生まれる。その時から、幼子を持つ母としての聞法が始まった。

「独身時代は自分の気持ち1つでご法話会場へ仏法を聞きに行くことができました。でも子供が生まれると、育児のこと、参詣者への迷惑、いろいろ考えなければ聞けません。周囲に我慢してもらい、お母さん同士が助け合い、そうする中で、他人への配慮がどんなに大切かを学んだように思います」

 やがて、子連れでも聞法できる環境が、次々と整備されていった。聞法会場での子供部屋の充実、保母制度の導入など、幼子を抱えた学徒を支援する体制が、Yさんたちの時代に整えられていった。

 現在、支部の聞法・会合に使われる浄土真宗親鸞会・大阪18番館には、広い子供部屋がある。テレビも常設され、子供と一緒に、ビデオご法話を聴聞できる。
「老少善悪の人をえらばず、どんな人も救われる弥陀の本願だからこそ、こうして母も子も聞ける環境が大切なのだと思います」

Yさんは笑顔で語っている。

 

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